福岡高等裁判所 昭和29年(ラ)84号 決定
本件抗告理由の要旨は、抗告人は本件目的物たる福岡県登録六-二〇六四四号小型貨物自動車一台に対し強制競売の申立をなし、原裁判所は昭和二十九年四月二十七日これが開始決定をなし、右決定書は同月二十九日債務者たる渡辺敬三に送達せられ適法に目的物件に対する差押の効力を生じた。そこで抗告人は執行吏に委任して該物件の引渡を求めたところ、執行吏は左の理由により同年六月十四日執行無効となつたとして執行手続を中止し。
すなわち本件自動車は、
(イ)、右債務者から昭和二十八年九月末頃吉井正則に引渡され
(ロ)、右吉井は昭和二十九年一月十四日頃ユニオン自動車会社に引渡し
(ハ)、右会社は同年四月二十六日頃富永貞巳に引渡したので、目下債務者にその占有がないというにある。
よつて抗告人は執行吏の右措置につき同年七月二十一日原裁判所に執行方法に対する異議の申立をなしたが、同裁判所は同年八月三十日これが却下の決定をなした。ところで原裁判所が右却下決定をなした所以は、同裁判所が自動車強制執行規則第七条の二にいわゆる「占有」なる字義の解釈につき、抗告代理人とその見解を異にしたためであつて、抗告代理人は、すなわち右にいわゆる「占有」なるものは道路運送車両法、道路運送法、同法施行規則等に従い正権原により適法に占有した権利者のみを指し、登録もせず買受けたとして又は運輸大臣の許可もなく貸渡を受けたとして、正権原にもとずかず漫然占有しているものは同規則にいう占有者に当らないこと解釈上明であると思料する。然らざる限り自動車に対する強制競売は全然不能といわなければならない。何となれば登録原簿の登録を信じて善意の債権者が差押をなした場合、目的物件が債務者以外の者の占有中にあるため執行手続が無効に終るとするならば、自動車に対する登録制度を設け又その貸渡に対する許可制度を設けた趣旨は失われるに至るからである。従つて登録もせず許可も受けずして自動車を占有している者は差押債権者に対抗し得べき一切の抗弁権を有しないものというべきである。
以上の理由により原決定を取消し更に相当の裁判を求めるため本件抗告に及んだというにある。
よつて本件記録についてみるに、抗告人は債務者渡辺敬三に対する飯塚簡易裁判所昭和二十九年(ロ)第一八号約束手形金請求事件の仮執行宣言附支払命令の執行力ある正本にもとずき、昭和二十九年四月二十七日福岡地方裁判所飯塚支部に、右債務者所有の本件貨物自動車一台に対し強制競売の申立をなし、同支部は即日これが強制競売開始決定をなし、該決定は同月二十九日債務者渡辺敬三に送達せられたこと、抗告人の委任を受けた福岡地方裁判所執行吏藤木堅二郎はこれが引渡命令の執行として同年六月債務者の住所に臨み目的物たる自動車の引渡を催告したが、該自動車は既に昭和二十八年十月頃申立外吉井正則に対し売買により引渡され、同人は更に昭和二十九年一月十四日頃申立外ユニオン自動車株式会社に対し他の自動車と交換のため、これを引渡し、同会社は更に同年四月二十六日頃申立外富永貞巳に対し、これを売渡しその引渡を了したことが判明したので、前記執行吏は現在の占有者たる右富永貞巳に対し該自動車を任意提出するにおいては引渡の執行をなす旨を告げたところ、同人はこれが提出を拒んだので、その引渡の執行は遂に不能に終つたこと、自動車登録原簿上本件自動車の所有名義人は依然前記債務者渡辺敬三であつて、その後これが所有権移転の登録は全くなされていないこと及び本件強制競売開始決定のあつたことが同登録原簿に登録せられたのは昭和二十九年五月一日であることが認められる。
しからば本件差押の効力が生じた当時においては、その目的物たる本件自動車はすでに債務者の手中にはなく債務者以外の者の占有にあつて、しかもその占有者はこれを執行吏に任意提出することを拒むのであるから、執行吏としてはこれが引渡命令の執行としてその占有を取得する途はないものというべく、従つてこれが執行は不能に帰し、その後の手続を進行するに由なきものといわざるを得ない。(もつとも前記第三者取得者は自動車登録原簿に所有権取得の登録を受けていないので、その所有権の取得をもつて差押債権者たる抗告人に対抗し得ないものというべきであるから、抗告人において債務者たる渡辺敬三の第三取得者に対する引渡請求権の差押の方法による執行――民事訴訟法第六百十四条、第六百十五条による執行――をなすことができる場合があるのは、おのずから別個の問題である。)抗告人は、右の如き第三者の本件自動車の占有は差押債権者たる抗告人に対抗し得べき正当な権原に基くものではないから、執行吏はかかる第三者に対しては引渡命令の執行として、これが占有を取り上ぐべきである旨主張するけれども、自動車強制執行規則第七条及び同条の二の占有は民事訴訟法第五百六十六条の占有と同意義で民法上の占有とは異り、むしろ所持の意に解すべく、すなわち目的物を事実上直接支配していれば足るものというべく、必ずしも法律上の権原に基き差押債権者に対抗し得べきものたるを要しないものと解するを相当とするので、抗告人の右主張は採用し難い。
そうだとすれば、執行吏が本件執行手続を中止したのは、正にやむを得ない措置というべく、従つてこれに対し抗告人のなした執行方法に対する異議の申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないのでこれを棄却すべきものとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)